- ジブリ映画「ゲド戦記」を楽しみたい
- ジブリ映画「ゲド戦記」のアレンについて詳しく知りたい
- ジブリ映画「ゲド戦記」のアレンは父親を刺した理由を知りたい
- ジブリ映画「ゲド戦記」のアレンの性格を知りたい
本記事は、このような方に対して書いています。
本ブログの筆者は、映画好き歴46年以上です。もちろん、ドラマも大好きです。
多分、10,000くらい視聴していると思いますが、もはや正確な数字は分かりません。
そんな本ブログの筆者も、ジブリ映画「ゲド戦記」を観ています。
ところでジブリ映画「ゲド戦記」の開始早々、一応の主人公であるエンラッドの王子アレン(17歳)が父親を刺します。
事前に、父親を刺すに至ったアレンの様子が描かれていないため、ネット上には「アレンが父親を刺した理由が分からない」や「アレンに感情移入できない」などの意見が沢山あるようです。
実を言うと、本ブログの筆者もアレンに感情移入できませんでした――――と言うよりも、彼を全く理解できませんでした。
残念!
そんな本ブログの筆者ですが、映画「ゲド戦記」のアレンについて説明できるようになりました。
そのような訳で、本ブログの筆者はジブリ映画「ゲド戦記」のアレンについて完全解説します。
- 映画「ゲド戦記」のアレンの真の名前は剣という意味だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンの性格は純粋で生真面目だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンは心の光を失ったため父親を刺した
- 映画「ゲド戦記」のアレンを追いかける影は彼の心の光だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンは生きることに怯えている
- 映画「ゲド戦記」の本来のアレンはかっこいい主人公だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンは、アースシーとリンクしている
アレンが父親を刺した理由も分るので、最後までご覧下さい。
予め断っておきますが、本記事でアレンについて解説していることは、本ブログの筆者の妄想や憶測ではありません。
本記事の解説は、映画「ゲド戦記」の劇中や宮崎吾朗監督のインタビューで明らかになっていることです。
本記事によって、ジブリ映画「ゲド戦記」を楽しんでいただければ幸いです。
ところで、本記事はジブリ映画「ゲド戦記」を貶めるものではありません。
なお、本記事の内容を引用や参考資料として紹介される場合、必ず筆者に連絡の上、筆者の著作物であることを必ず明示して下さい。
万一、筆者に無断で記事の内容を紹介した場合、法的手段を執らせていただきます。
悪しからずご了承下さい。
- 映画「ゲド戦記」のアレンの真の名前は剣という意味だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンの性格は純粋で生真面目だった
- ジブリ映画「ゲド戦記」のアレン心の光を失ったため父親を刺した
- 映画「ゲド戦記」のアレンを追いかける影は彼の心の光だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンは生きることに怯えている
- 映画「ゲド戦記」の本来のアレンはかっこいい主人公だった
- ジブリ映画「ゲド戦記」のアレンとアースシーはリンクしている
- まとめ
- ジブリ映画「ゲド戦記」の関連記事
映画「ゲド戦記」のアレンの真の名前は剣という意味だった
アレンの真の名前は、レバンネンです。
レバンネンは、エンラッド語で「剣」という意味があります。
ちなみに映画の終盤で、アレンが魔法の剣を抜けるようになるのは、彼が本来の姿に戻ったことを表しています。
映画「ゲド戦記」のアレンの性格は純粋で生真面目だった
本来のアレンは、純粋で生真面目な性格です。
どれくらい生真面目なのかというと、世の中の暗黒に対して深く心を悩ませるほどです。
そして、この純粋で生真面目な性格は、アレンにとって仇となってしまいます。
その結果、アレンは父親を刺してしまいますし、ネット上でメンヘラや〇にたがりなどと言われる羽目になります。
アレンはメンヘラなの?
アレンはメンヘラではありません。
心の光が彼から分離し、アレンは心の均衡を保てなくなっているだけです。
アレンは〇にたがりなの?
終盤のテルーの台詞より、アレンが生きることに怯えていることが明らかになります。
ニュアンスの問題ですが、〇にたがりというよりも、生きることに怯えていると言った方が正しそうです。
アレンは二重人格なの?
アレンは、二重人格ではありません。
映画の終盤で、アレンは心の光を取り戻します。
そのため、アレンが二重人格のように見えるだけです。
アレンは中二病なの?
アレンは、中二病ではありません。
全くのデマです。
アレンは宮崎吾朗監督なの?
宮崎吾朗監督は「違う」とおっしゃっています。
また、宮崎吾朗は「僕としてはアレンその人になったつもりはなく、アレンという子がずっと横に立って彼を見ていた感じです。彼と同化するのではなく、もっと客観的な状況で彼を捉えて、全体の中ではどうなんだと、横で見ていた」とも語っています。
引用元:『ゲド戦記』なぜ“父殺し”をしたのか?作品を読み解く3つのポイント (2018年1月12日) - エキサイトニュース
ジブリ映画「ゲド戦記」のアレン心の光を失ったため父親を刺した
ジブリ映画「ゲド戦記」のアレンが父親を刺したのは、心の光を失い心の均衡を保てなかったためです。
アレンは、純粋で生真面目な性格です。
そんなアレンは、いつしか世の中の暗黒に対して深く心を悩ませるようになります。
そして、アレンの心の「光」は彼から分離し「影」となってしまいます。
その結果、光を失ったアレンの心は均衡を失い、衝動的に父親である国王を刺したという訳です。
ところで、アレンが父親を刺すシーンに関する事柄については、下記の各見出しをご覧下さい。
原作にはアレンが父親を刺すシーンはない
ゲド戦記の原作に、アレンが父親を刺すシーンはありません。
映画特有のものです。
このシーンは、鈴木敏夫プロデューサーの意見のようです。
アレンが父親を刺すシーンはハッタリをかますためだった
ゲド戦記の原作に、アレンが父親を刺すシーンはありません。
映画特有のものです。
アレンの父殺しを提案したのは、宮崎吾朗監督ではなく鈴木敏夫プロデューサーです。
宮崎吾朗監督の描いたオープニングの絵コンテは、「お母さんがアレンを逃してあげる」というものでした。
そして、アレンが逃げる理由について宮崎吾朗監督は、ずいぶんと悩んでいたそうです。
そんな宮崎吾朗監督に、鈴木プロデューサーはアレンが父親を刺してしまうというオープニングを提案しました。
鈴木敏夫プロデューサーには「映画の冒頭にはケレンが必要」で、「吾朗くんも父親のコンプレックスを払拭しなければ世の中に出られない」という考えがあったそうです。
鈴木プロデューサーの提案を聞いた 宮崎吾朗は「え?刺していいんですか?」と初めは驚いたそうです。
ところが、その提案に納得した宮崎吾朗監督は、アレンに父親を刺させるオープニングを採用します。
しかしアレンが父親を憎んでいたのではなく、自らの若い頃に経験した「自分をコントロールできなくなった」ことや「なぜ自分がそんなことをしたのかわからないこと」によって、アレンに父親を刺させることに。
その結果、映画「ゲド戦記」のオープニングは衝撃的なものになったという訳です。
宮崎吾朗監督は宮崎駿監督を■したい訳ではない
宮崎吾朗監督自身には、宮崎駿監督(の作品)を■し――――つまり壊したい、あるいは超えたいという訳ではなさそうです。
先述の通り「吾朗くんも父親のコンプレックスを払拭しなければ世の中に出られない」という考えは、あくまでも鈴木プロデューサーのものです。
映画「ゲド戦記」のアレンを追いかける影は彼の心の光だった
先述の通り、アレンを追いかける影は、彼の心の光です。
これは、本ブログの筆者の妄想ではありません。
歴とした映画「ゲド戦記」の設定です。
映画「ゲド戦記」のアレンは生きることに怯えている
アレンは、生きることに怯えています。
これについては、劇中でハッキリと説明されていました。
「違う! 死ぬことがわかっているから命は大切なんだ。アレンが怖がってるのは、死ぬことではないわ。生きることを怖がっているのよ。死んでもいいとか、永遠に死にたくないとか、そんなの どっちでも同じだわ。一つしかない命を生きるのが、怖いだけよ!」
引用元:ジブリ映画「ゲド戦記」
このようにテルーの台詞によって、アレンが生きることに怯えていると説明されています。
映画「ゲド戦記」の本来のアレンはかっこいい主人公だった
映画「ゲド戦記」の本来のアレンは、かっこいい主人公です。
映画の終盤で、アレンは心の光を取り戻し本来の自分に戻ります。
魔法の剣を抜く姿と岡田准一さんの声が相まって、アレンがメチャクチャ格好良く見えます。
それまでの格好悪い姿なんて微塵もありません。
そのため、もう少しアレンに活躍して欲しかったですね。
ジブリ映画「ゲド戦記」のアレンとアースシーはリンクしている
映画「ゲド戦記」の物語の核は、下記の通りです。
心の均衡を失ったアレンが、父親を刺したことを切欠にゲドたちと行動を共にすることによって、心の均衡を取り戻す話。
一方、ゲド戦記の世界のアースシーも、クモの企みによって均衡が失われつつありましたが、アレンたちが彼を倒したことによって均衡を取り戻しました。
このようにアレンとアースシーは、リンクしています(分かりやすくするために、このような表現にしています)。
まとめ
本記事では、ジブリ映画「ゲド戦記」のアレンについて完全解説しました。
- 映画「ゲド戦記」のアレンの真の名前は剣という意味だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンの性格は純粋で生真面目だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンは心の光を失ったため父親を刺した
- 映画「ゲド戦記」のアレンを追いかける影は彼の心の光だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンは生きることに怯えている
- 映画「ゲド戦記」の本来のアレンはかっこいい主人公だった
- 映画「ゲド戦記」のアレンは、アースシーとリンクしている
本記事が、ジブリ映画「ゲド戦記」を楽しむきっかけになれば幸いです。
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